Tetherによるユヴェントス買収の背後にあるヨーロッパ階級闘争

作者：Sleepy.txt

原題：コイン業界の印刷機がユヴェントス買収を狙う：ヨーロッパ新旧マネーの攻防戦

世界最大のステーブルコイン大手Tetherが、イタリアを代表するサッカークラブ、ユヴェントスの買収を準備している。

12月12日、Tetherはイタリア証券取引所に買収提案を提出し、Exorグループが保有するユヴェントスの65.4%の株式を1株2.66ユーロで買収したいと申し出た。この価格は市場価格より20.74%高い。取引が成立すれば、Tetherはさらにクラブに10億ユーロの追加出資を行う予定だ。

これは全額現金によるオファーである。条件や賭けはなく、「金を払えば株を渡す」というシンプルなものだ。資本の世界では、これは最もストレートな誠意の表れであり、TetherがExorグループに与えた検討期間はわずか10日間しかない。

しかし、アニェッリ家が支配するExorグループはすぐに声明を発表した。「現時点でユヴェントス株式の売却に関する交渉は存在しない。」

つまり、売らないということだ。

24時間も経たないうちに、イタリアの有名記者Eleonora Trottaが報道でリークした。Tetherはオファーを倍増させ、ユヴェントスの評価額を20億ユーロに引き上げる準備をしているという。

嵐の中心にいるのはPaolo Ardoinoという人物だ。

1984年、Paoloはイタリアの普通の町で生まれた。両親は公務員、祖父母は伝統的なオリーブ園を守っていた。それは典型的なイタリアの子供時代で、白黒ストライプのユニフォーム、トリノ・アリアンツスタジアムの歓声、アニェッリ家の栄光が、彼の成長の精神的なトーテムとなった。

32年後、オリーブの木の下の少年は、暗号通貨界のカエサルとなり、Tetherという年利130億ドルの巨大な印刷機を操るようになった。今、彼は故郷に錦を飾り、子供の頃の夢を買い戻し、血に流れる白黒の信仰に報いることを試みている。

しかし、現実は情熱に冷や水を浴びせた。

Paoloが熱意を持ってユヴェントスの門を叩いたとき、彼を迎えたのは花束でも拍手でもなかった。彼を待っていたのは、旧世界からの9ヶ月にも及ぶ排除と屈辱だった。

排除された9ヶ月

ハネムーン期は、ほとんど片思いのような形で始まった。

2025年2月、Tetherはユヴェントスの8.2%の株式を取得し、Exorグループに次ぐ第2位の株主となった。公式声明でPaoloはビジネスマンの鋭さを捨て、珍しく柔らかい一面を見せた。「私にとって、ユヴェントスは常に人生の一部だった。」

Paoloは、これは双方にとって必要な取引だと思っていた。自分には金があり、クラブは資金が必要で、すぐに合意できるはずだった。しかしイタリアでは、金があっても開かない扉がある。

2ヶ月後、ユヴェントスは最大1.1億ユーロの増資計画を発表した。この資金が急務のタイミングで、第2位株主であるPaoloは意図的に「忘れられた」。電話もメールも説明もなかった。Exorグループは彼に「いい人カード」すら送らなかった。

PaoloはSNSで悔しさを込めてこう書いた。「クラブの増資を通じてユヴェントスでの持分を増やしたいと考えていたが、その願いは無視された。」

Paoloはおそらく人生でこれほど屈辱を感じたことはなかっただろう。年利130億ドルの金融巨人が、SNSで「増資に参加したい、追加出資したい」とユヴェントスに「リマインド」するしかなかったのだ。

Paoloを同情する者もいれば、彼の動機を疑い、Tetherのイメージをユヴェントスで洗浄しようとしていると見る者もいた。

外部が同情しようが疑おうが、アニェッリ家にとってPaoloは「よそ者」であり、最初から協力ではなく「警戒」だった。

情熱で尊敬が得られないなら、金で得るしかない。

4月から10月にかけて、Tetherは公開市場で持株比率を8.2%から10.7%に引き上げた。イタリアの法律では、10%以上の株式を保有すれば取締役会メンバーを指名する権利がある。

11月7日、トリノ、ユヴェントスの年次株主総会。Tetherの介入で雰囲気は一変した。

TetherはFrancesco Garinoを取締役候補に指名した。彼はトリノ出身の名医であり、ユヴェントスの生涯ファンだ。Paoloは「我々は野蛮人ではなく、血のつながったトリノの子だ」と伝えようとした。

しかし老練なExorグループは切り札を出した。ジョルジョ・キエッリーニ。ユヴェントスで17年プレーし、9度のセリエA優勝を誇る伝説のキャプテンが前面に立った。

これがExorの戦略だ。レジェンドで資本に対抗し、情熱で金に対抗する。

結局、Tetherは苦労して取締役会の1席を獲得したが、アニェッリ家が絶対的支配権を持つ取締役会で1席は、傍聴や提案はできても、舵取りはできないことを意味する。

アニェッリ家5代目当主John Elkannの総括。「我々は1世紀以上ユヴェントスの株主であることを誇りに思う。株式売却の意図はないが、すべてのステークホルダーからの建設的なアイデアにはオープンだ。」

この言葉をもっと直訳すれば、「これはビジネスだけでなく、我が家の領地だ。お茶は出すが、主人にはなれない。」

オールドマネーの傲慢と偏見

Johnの言葉の背後には、家族102年の誇りとプライドがある。

1923年7月24日、31歳のEdoardo Agnelliがユヴェントス会長のバトンを受け取った。その日からアニェッリ家とユヴェントスの運命は固く結びついた。この家族のフィアット自動車帝国は20世紀の大半、イタリア最大の民間企業であり、無数の労働者と数百万の家庭を養ってきた。

ユヴェントスはこの家族の権力のもう一つの象徴だ。36回のセリエA優勝、2回のチャンピオンズリーグ優勝、14回のイタリアカップ優勝。ユヴェントスはイタリアサッカー史上最も成功したクラブであり、イタリア国民の誇りの源の一つである。

しかし、アニェッリ家の継承史は血と亀裂に満ちている。

2000年、アニェッリ家の後継者Edoardo Agnelliは高架橋から飛び降り、うつ病との闘いに終止符を打った。3年後、家族の長Gianni Agnelliが亡くなった。権力のバトンは孫のJohn Elkannに渡された。

Johnはニューヨーク生まれ、パリ育ち。英語、フランス語、イタリア語を話すが、イタリア語には明らかな外国訛りがある。多くの伝統的なイタリア人にとって、彼は血縁で権力を得た代理人に過ぎない。

自分がアニェッリ家にふさわしいことを証明するために、Johnは20年を費やした。

彼はフィアットを再編し、クライスラーを買収し、世界第4位の自動車グループStellantisを作り上げた。フェラーリを株式市場に上場させ、時価総額を倍増させた。The Economistを買収し、アニェッリ家の影響力をイタリアから世界へ広げた。

しかし、家族内の亀裂は公然化しつつある。2025年9月、John Elkannの母Margheritaはトリノ裁判所に1998年の「遺言」を提出し、父Gianniが残した遺産をJohnに奪われたと主張した。母子が法廷で争うのは、家族の名誉を重んじるイタリアでは大きなスキャンダルだ。

このような背景でユヴェントスを売ることは、家族の栄光の終焉を認め、先祖に劣ることを認めるに等しい。

ユヴェントスを守るため、Johnは他の資産を必死に売却している。

Tetherが買収提案を出す数日前、Exorグループは保有するGEDIメディアグループを1.4億ユーロでギリシャのAntenna Groupに売却していた。GEDIは「La Repubblica」と「La Stampa」という2大新聞を持ち、これらはイタリアでの地位がユヴェントスのサッカー界での地位に匹敵する。

このニュースが伝わると、イタリア国内は騒然となった。イタリア政府は「ゴールデンパワー」法を発動し、Exorに雇用と編集の独立性を守るよう求めた。

新聞の赤字は負債で切り捨てるが、ユヴェントスの赤字はトーテムなので残す。

この選択は旧貴族の苦境を露呈している。彼らはもはやかつての版図を維持できず、家族の栄光を最も象徴するものだけを残そうと必死だ。

だから、Paoloの買収提案は20%もの市場プレミアムがあっても、John Elkannはこれを脅威と見なす。

ヨーロッパのオールドマネーの価値観では、富の質にはヒエラルキーがある。

アニェッリ家の1セントには機械油の匂いが染みついている。それは鋼鉄、ゴム、エンジン音、数百万の労働者の汗で築かれた産業の記念碑だ。この富は目に見え、手で触れられ、秩序、コントロール、1世紀にわたる社会契約を象徴している。

一方、Paoloの金は暗号通貨から来ており、過去10年で急成長し、論争に満ちた業界から生まれたものだ。

前例は記憶に新しい。

数年前、ブロックチェーン企業DigitalBitsがインテルとローマの2つのセリエA強豪と8,500万ユーロのスポンサー契約を結んだが、DigitalBitsは資金繰りの悪化でスポンサー料を滞納し、両クラブは契約解除を余儀なくされた。

ましてや2022年の暗号通貨業界の連鎖崩壊。あの時、Lunaのロゴはワシントン・ナショナルズの球場に掲げられ、FTXの名前はマイアミ・ヒートの本拠地に冠されていた。アニェッリ家にとって、暗号通貨業界は投機とバブルに満ちている。

アニェッリ家にとって、Paoloは永遠によそ者だ。それは出自ではなく、彼の金のせいだ。

救済を必要とするトーテム

しかし問題は、ユヴェントスが本当に金を必要としていることだ。

今のユヴェントスは泥沼にはまり、その原因は2018年7月10日、ユヴェントスが33歳のC・ロナウドを獲得した日から始まった。1億ユーロの移籍金、税後3,000万ユーロの年俸、4年契約。

これはセリエA史上最大の移籍であり、史上最高の給与だった。当時のユヴェントス会長Andrea Agnelli（アニェッリ家4代目当主）は株主総会で興奮して語った。「これはユヴェントス史上最も重要な契約だ。C・ロナウドでチャンピオンズリーグを制覇する。」

トリノの街は沸き立った。ファンはユヴェントスショップに殺到し、C・ロナウドの名前入りユニフォームを買い求めた。契約後24時間で52万枚以上のユニフォームが売れ、サッカー史上の記録を作った。誰もがC・ロナウドがユヴェントスを欧州の頂点に導くと信じていた。

しかしユヴェントスはチャンピオンズリーグを制覇できなかった。2019年はアヤックスに逆転され、2020年はリヨンに敗れ、2021年はポルトに敗れた。2021年8月、C・ロナウドは突然退団し、マンチェスター・ユナイテッドに移籍した。ユヴェントスは投資を回収できず、さらに深い財政難に陥った。

会計士たちは後に総額を計算した。移籍金、給与、税金を含め、C・ロナウド獲得の総コストは3.4億ユーロに達した。彼はユヴェントスで3年間で101ゴールを決め、1ゴールあたり280万ユーロの価値だった。

ユヴェントスのような規模のクラブにとって、チャンピオンズリーグの意味は名誉だけでなく、キャッシュフローのスイッチでもある。放映権分配、試合日収入、スポンサー契約のボーナスなど、多くがチャンピオンズリーグと連動している。失うとすぐに収入が減り、会計操作で穴埋めせざるを得なくなる。

ユヴェントスはピャニッチを6,000万ユーロでバルセロナに売り、同時にバルサからアルトゥールを7,200万ユーロで買った。公式には無関係とされたが、誰もがこれは巧妙なクロス取引だと知っていた。ユヴェントスは実際には1,200万ユーロの現金差額しか支払わず、帳簿上は数千万ユーロの「キャピタルゲイン」を記録できた。

このような会計手法はサッカー界では珍しくないが、ユヴェントスはやりすぎた。

検察の調査で、3年間にクラブは42件の類似取引で2.82億ユーロの利益を水増ししていたことが判明した。スキャンダルが発覚し、会長Andrea Agnelliを含む取締役会全員が辞任した。

その後、クラブへの制裁が下された。リーグポイントの減点、チャンピオンズリーグ出場権剥奪、幹部の長期出場停止。これがさらなる悪循環を招き、成績低下で収入が激減し、補強もできず、さらに成績が悪化した。

2018-19シーズンの3,960万ユーロの赤字から始まり、ユヴェントスの財務状況は悪化の一途をたどり、2022-23シーズンには赤字が1.237億ユーロに達した。セリエA9連覇の絶頂から、今や毎年巨額赤字。2025年11月、Exorグループは再びユヴェントスに約1億ユーロの増資を行わざるを得なかった。

これはExorグループが2年で3度目のユヴェントスへの資金注入だった。Exorグループはフェラーリ、Stellantis自動車グループ、The Economistなどの資産も抱えているが、ユヴェントスの継続的な赤字がグループ全体の利益を侵食している。2024年の決算では、Exorグループの純利益が12%減少し、アナリストはユヴェントスがグループ業績の足を引っ張る負債資産になっていると指摘した。

John Elkannは板挟みになり、どう決断すべきか分からなくなっている。

一方、Paoloは年利130億ドルを手にし、ユヴェントスへの愛情と忍耐を持って門を叩いている。

本来なら完璧な取引のはずだったが、その間には「階級」という名の大きな壁が立ちはだかっている。

オリーブの木の下の夢

Paoloのノックはついに応えられず、彼は自らの選択をした。

12月12日、Paoloはすべての非公式な会合を飛び越え、イタリア証券取引所を通じてオファーを公表した。PaoloはJohn Elkannを壁際に追い詰め、イタリア中の前で「金か家族のメンツか」を問うた。

ニュースが伝わると、ユヴェントスの株価は急騰し、市場は「新しい金」への期待を示した。Gazzetta dello SportやTuttosportも一面で報じ、イタリア全土がアニェッリ家の決断を待っている。

アニェッリ家の拒否は予想通りであり、また意外でもあった。

予想通りなのは、アニェッリ家のプライドが新しい金に屈することを許さないからだ。意外なのは、今の財務状況でこの巨額を断るには、ほとんど悲壮なまでの頑固さが必要だからだ。

Paoloにとって、自分で稼いだ金で子供の頃のアイドルを救いたい。企業には国籍があり、Tetherはグローバルに展開するデジタルノマド企業だが、CEOはイタリア人であり、心はイタリアにある。

アニェッリ家にとって、守るのはクラブだけでなく、家族102年の栄光とイタリア産業時代の象徴でもある。

これはもはやビジネスロジックの戦いではなく、2つの信念の衝突だ。

John Elkannにとって、その青銅の扉は固く閉ざされるべきだ。なぜなら外に立つのは身分を洗浄しようとする投機家だから。しかしPaoloにとって、その扉は開かれるべきだ。なぜなら外に立つのはこのクラブを救える、イタリアの血を引く子供だからだ。

だが、時代は旧貴族の味方ではない。

ExorがTetherを拒否した同じ週、プレミアリーグ王者マンチェスター・シティは暗号取引所OKXとの契約更新を発表し、ユニフォーム胸の広告価値は1億ユーロを超えた。パリ・サンジェルマン、バルセロナ、ACミランなど欧州の強豪もすでに暗号企業と深い提携を結んでいる。アジアでも韓国Kリーグ、日本Jリーグが暗号通貨スポンサーを受け入れ始めている。

新しい金がオールドマネーが支配する伝統産業に入るのは、「入るかどうか」ではなく「どう入るか」の問題だ。サッカーはその一つの戦場に過ぎない。アートオークションの分野ではSotheby'sやChristie'sが暗号通貨決済を受け入れ始め、不動産分野ではドバイやマイアミなどの高級住宅取引がbitcoinで可能になっている。同じような衝突が世界中で起きている。

Paoloの今回の挑戦は、成否にかかわらず、この時代の境界を試している。新しい世代が新しい方法で巨額の富を築いたとき、彼らはオールドマネーが支配する旧世界のテーブルに座る資格があるのか？

物語の最後、画面は郊外のオリーブ園に固定される。

32年前、黒髪の少年がそこで祖父母の働く音を聞きながら、テレビの白黒ストライプの姿に歓声を上げていた。その時の彼は、いつかその扉の外に立ち、返事を待つことになるとは思いもしなかった。

その固く閉ざされた青銅の扉は、今も冷たく威厳を保っている。その向こうにはアニェッリ家100年の栄光と、旧工業時代の最後の残光がある。

今はまだ新しい金のために開かれていないが、今回、ノックした者は退かない。なぜなら、扉を開けるのは時間の問題だと知っているからだ。